ガンダムビルドダイバーズワールドチャレンジ ジムとボールの世界に挑戦!

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「Cherry Bomb 〜 かわいい爆弾 〜」

 GBNには、様々なガンプラファンがログインして来る。その全員がバトルを目的に集っているわけではない。

「うふふふ! ほらっ! つかまえてみなさいよ!」

「こぉら待てったら! あはははは!」

 キラキラと陽に反射する波しぶきを豪快にあげながら、重機のごとく砂浜の砂を蹴散らし追いかけっこをしている、このピンク色ズゴックと日サロ常連風色ゴッグのビルダーカップルも然り。二人はいま、ありきたりではもはや表現しきれなくなった溢れる愛情をガンプラづくりに込め、はち切れんばかりの想いを互いに伝え合おうとしていた。

「ほうら、つかまえた!」

 ゴッグがズゴックに追いついた。長い腕でズゴックを背後から抱きしめ、あるのかないのか判らない首筋に顔を近づけると、吸気する。

「とってもいい香りだ……君のスチロール系接着剤……」

「やだ、パーツの合わせ目消ししたトコ……そんな恥ずかしい匂い……嗅がないで……」

 ゴッグは胸の芯がカッと火照るのを感じた。

 ズゴックの肩を強く掴むと振り向かせる。

「きれいだよ……君の、海水によるサビの表現……」

 ズゴックは一瞬ドキッとモノアイを輝かせたのち、うっとりと明度を落とした。

「あなたこそ……こびりついた水アカのリアルさ、とっても素敵……」

 二体はしばらく見つめ合った。二つの唇が(どこが唇かは不明だが)どちらからともなく引き寄せ合い、一つに重る。そのままゴッグが、ズゴックを押し倒そうとした……その時、ゴッグのいきり立ったミサイル発射管を、海の彼方から襲い来たビームライフルが貫いた。思わず着弾位置を手で押さえうずくまったゴッグの背中に、次いで大きな爪が鋭く襲いかかる。現れたのは、まがまがしくも美しくカスタマイズされた、キュベレイ。

「ズッブズブのバカップルシーン、邪魔してごめんなさいね」

 ノズは、愛機──『キュベレイダムド』のコクピットでそう告げると小さく舌を出した。ショートボブに印象的な片目メイク。洗いざらした白シャツのボタンを暑苦しそうにひとつ外せば、ただでさえ解放的だった胸元がいっそう露わになる。

「あなたたちに怨みとか、あるわけじゃないんだけれど……強いて言うなら、運が悪かったってトコ?」

 突如襲いかかった悪夢に唖然と立ち尽くしていたズゴックが、ふと我に返った。目前に横たわっている愛するゴッグは、はるか彼方からの驚くべき精度の狙撃で下半身を撃破され、更に、たった一撃の爪攻撃で背面装甲を引き剥がされ、内部パーツを切り裂かれ、既に機能不全寸前らしい。ズゴックは見捨てて逃げようとした。

 その目前にダムドは凄まじい機動で回り込み、平手打ちを食らわせた。頭部が(どこからが頭部でどこから胸部か微妙だが)えぐりむしられ吹き飛ぶ。胴体だけとなったズゴックは、惰性で3歩4歩と歩んだのち、突っ伏し倒れ、砂に深くめりこんだ。

 ゴッグとズゴックが瀕死になって身動きできなくなったタイミングを見計らい、彼方の無人島から、ゴッグを撃ち抜いたスナイパー──『百式壊(クラッシュ)』が飛来した。スラスターの出力をミニマムにして、それでも砂嵐を思わせる砂塵を巻きあげながら、砂浜に降り立つ。

「狙撃なんてそんな遠くから面倒くさいことしないで、直接、殺(や)ればいいのに、マーキーったら」

「…………あたし、コミュ障だし…………」

 クラッシュのコクピットでマーキーは、ロリポップをくわえたままぼそりと言った。黒髪ストレートが似合う長身。細身の素肌に直接まとった黒いレザージャケットから、たわわで形のいいバストがのぞいている。

「ま、そのおかげで──」

 ノズはわくわく瞳を輝かせながら、砂上に横たわるゴッグを見下ろした。

「私が遊べるおもちゃの取り分、多めなんだけれど」

 ダムドがゴッグの右脇の関節にいっきに爪を突き立て、腕をもぎ取る。その断裂面を確認し、チッと舌をひとつ打って、放り棄てる。続いて左腕、両足、その他可動部。ズゴックにも同様。そして、

「……っんだよ! こいつらも違ぇし!」

 ノズは一転、口汚く怒鳴った。ダムドの足が、肢体をもぎ取られたズゴックの胴体を力の限り蹴りつける。

 マーキーはやれやれと口を開いた。

「…………ホントにあんの? 黄金に輝くポリキャップなんて…………」

「わたしに聞くなよ!」

 ダムドが憤りのままゴッグの胴体に爪をつきたて、天高く放り投げる。クラッシュがそれをクレー射撃の的(クレー)の如く、速射で見事に撃ち抜いた。


 Le Petit Chaperon rouge(ル プチ シャペロン ルージュ)、通称プチ・ルーは、目下、一部サブカル種コア属な層から絶大なる人気を集めている、6人組の地下アイドルバンドである。メンバーは、キーボードの『どりーみん』、リードギターの『のぞみん』、サイドギターの『まゆゆん』、ベースの『みのりん』、ドラムの『ひかるん』、お荷物ギターの『ともみん』。

 なかでも特に『のぞみん』と『まゆゆん』は、不動の二大センターとして抜きん出た人気を誇っており、握手会ではファンの9割9分7厘が二人の前に列をなし、グッズの売り上げも段違い、露出の仕事も多く、それでいてギャラの割分は他のメンバーと変わらず、人気が出れば出るほど二人の負担は右肩上がりのうなぎ登り。そのストレスを発散すべく、多忙の隙を見つけては、GBNにログイン。誰かれ構わず因縁をつけて絡み、フォースポイントをカツアゲし、加速度的に蓄積する猛烈な鬱憤を晴らしている彼女たちこそ何を隠そう、ノズ(のぞみんのダイバー名)とマーキー(まゆゆんのダイバー名)の正体であった。

 

 そんな二人はある日、事務所スタッフの制作費持ち逃げ案件によってライブが中止となり、予定外に発生した時間を利用してGBNにログイン。いつもの如く憂さ晴らしのネタを求め、ダムドとクラッシュにてふらり立ち寄った、荒廃した歓楽街を思わせるディメンションを徘徊する中で、

「うふっ、おあつらえ向きのターゲット、はっけん」

「…………どんぴしゃ…………」

 ひと気のない狭い裏通り、見るからにイキったリゼル三人組である。

 それからはあうんの呼吸。互いに何を打ち合わせることもなく、マーキーのクラッシュは辺りを見回すと即座に狙撃位置を定めて移動し、ノズのダムドは、三人組みのリーダー格を直感で見定めると、その目前に歩み立った。

「……あぁ?」

「なにてめ?」

「殺されに来た?」

 ノズは、背筋がゾクゾクするのを感じた。プチ・ルーのステージでみせるのとは違う、本心からの笑みを浮かべる。

「ねぇ、おにいさんたち──」

 まがまがしい風貌のキュベレイから、まさか発されたアイドル声に、リゼルたちは「!」と色めきだった、しかしそれは一瞬。

「フォースポイント、全部ちょうだい?」

 刹那の間。

「なに言って──!」

 凄みをきかせながらダムドに一歩近づこうとしたリーダー格の膝裏を、いきなりクラッシュの狙撃が貫いた。つんのめって崩折れる。

 他の二人が驚き辺りを見回した。しかし、取り囲むビルにはモビルスーツが身を隠せるような大きさの建物は見当たらない。

「…………ぶっち殺す〜♪ ブッ壊す〜♪…………」

 クラッシュが位置取ったのは、それら建物の更に裏に建つビルの屋上からだった。マーキーはまさに神業とも思えるテクニックで、凄まじいオリジナル・スナイパーライフルの威力で、視界をさえぎっているビルを貫通させ、リゼルにビームを命中させる。

 リーダーに続いて他の二機も、膝裏を撃ち抜かれその場に崩折れ倒れた、更に胸部、そして頭部。あっという間に生き残りはリーダー格のリゼルだけになった。彼も膝を撃ち抜かれている、身動きはとれない。

 そんな彼をダムドは足蹴にし、仰向けに転がすと、その股間を思いきり蹴りつけた。何度も、何度も、何度も、強く、弱く、時に優しく、そして力のかぎり、蹴りつけ、踏み、にじりつける、何度も、何度も。

「も、もうやめてくれぇ!」

 弄ばれているのはガンプラだ、それなのに、男のサガというのは悲しいものだ。

「フォースポイントなら全部やる! だからお願いだ! もう! お願いだから!」

「なんだか今日はいい気分……フォースポイントなんてどうでもよくなってきちゃった」

 ノズの顔が恍惚を浮かべる。

 そこへマーキーのクラッシュも飛来する。ダムドと向かい合う形で地に降り立ち、ビルを貫くスナイパーライフルの砲口を、リーダーリゼルの股間に押し当てる。

「ひいっ!」

 リーダーが息を飲み込む。

「…………潰してやんよ、ぶちゅっと…………」

 マーキーがトリガーボタンを押し込もうとした──その時、なにやら毒々しい輝きが、ノズとマーキーを包み込んだ。

 辺りの景色もイキッたリゼルたちも消えていき、いつしか闇の光とも思える漆黒の中に、二人だけが漂っている。

 ふと、マーキーが気づいた。

「…………声…………?」

 ノズにも聞こえた。

「……黄金に輝く、ポリキャップ?」

「それを見つけろ……」

 声の主の姿は見えない。

「そうすれば……我々が、お前たちを、ブラックアイドル『プチ・ルー』から引き抜いてやる……バンドでデビューさせてやる……」

 それはまさに一瞬のようで、それでいて、長い長い時間のようで──

 気づけば二人は、ガンダムベースの隣り合うログイン・ブースに座っていた。

 その言葉は偽りかも知れない、誰かがからかおうとしているのか、騙そうとしているのかも。

 それでもなぜだろう。

 惚けていた二人は、静かにその表情を向け合うと──ニヤリ大きく笑みを浮かべ、強く頷きを交わした。

 

 あの日から今日まで、いったい何体のガンプラの関節をもぎって来ただろうか。しかし、

「金色どころか、銀色銅色のポリキャップすら、手に入らないんですけれど」

 ノズとマーキーは、今日もライブの合間を見ては、GBNにログインし、黄金のポリキャップを探していた。せめて繋がる情報でもないかと、買い物客で賑わう繁華街ディメンションを歩き回る。

「…………ひょっとしたら、マジでからかわれたとか……? 誰か知らねぇけど、もしそうだったら、ぜってぇ潰す…………」

 二人はもはやあきらめの心境で、歩道と車道とを隔てるガードレールに腰掛けうな垂れた。その時、

「つーか、カワイイガンプラ女子らとゴキゲンなパーリィなんて、ぜんっぜん実現しないんだケド」

「もうゴールデン・ポリキャップ、アクセサリーとかに加工してさ──」

 ゴールデン……黄金のポリキャップ! ノズとマーキーは、ハッと声の方を見向いた。

「それで釣ってみるっての、どうかな?」

「マジそれ、やっちゃう?」

 冴えない表情の男子が二人、同じガードレールの先に座っている。

 ジムとボールである。